大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和42年(う)46号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、石巻区検察庁検察官事務取扱検事田中英正名義の控訴趣意書に記載されたとおり(ただし、七枚目裏三行目から四行目にかけて「少年鑑別所を経て初等少年院送致」とあるのを「少年鑑別所に入所し、不処分」と訂正する。)であるから、これを引用する。

記録によると、被告人の本件犯行は、その少年時すなわち年令未だ一八年七ケ月であつた昭和三九年一〇月一一日午前二時三〇分頃、仙台市通町一〇〇番地先路上において軽四輪自動車を無免許で運転したというものであり、取締警察官は、当時右犯行を現認し、即時これを検挙したものであるが、司法警察員が本件を検察官に送致したのは、その後約一年八ケ月を経過し、被告人が成年に達した後である昭和四一年六月二二日であつて、検察官は右送致にもとづき同年七月一八日本件公訴を提起したものであるところ、原判決は、司法警察員の検察官に対する送致手続の遅延が、ひいて本件を家庭裁判所において審判する機会を失わせたものであり、その遅延については、これをやむを得ないものとして是認させるに足るほどの特段の事情の存することが認められないので、右送致手続は違法というほかなく、この点の違法は本件公訴提起の手続を無効ならしめるものであるとして、本件公訴を棄却する旨判示したものであることが明らかである。

なるほど、捜査官が、少年の被疑事件につき捜査を遂げて家庭裁判所にこれを送致するには、当然に、それ相応の日時を必要とするものであるから、その手続の半ばで本人が成年に達し、ために、以後一般の成人事件として取扱われるのが避けられない事態となる場合の存することは、所論の指摘するとおりである。

しかしながら、捜査官が、少年の被疑事件の捜査に、必要やむを得ない限度を超えていたずらに日時を費し、これがため、当該事件につき家庭裁判所における審判の機会を失わせるに至るがごときことは、少年事件につきいわゆる家庭裁判所先議の原則を採用している少年法の趣旨に反するもので、違法な措置であるといわなければならない。

もとより、捜査に費された日時が、当該事件につき必要やむを得ない限度内のものであるか否かは、事案の複雑性、重大性、関係人の所在不明等による取調不能ないし困難など原判決が指摘するような事情のほかにも、少年事件の捜査に関しては任意捜査の原則が特に強く要請されるものであることなどをも考慮して、事案ごとに慎重に判断されるべきものである。

これを本件についてみると、原審および当審において取調べた各証拠を総合すれば、捜査の段階、とくに警察における本件処理の経緯、および被告人の本件犯行後の動静に関し次のような事実を認めることができる。すなわち、被告人は、昭和三九年一〇月一一日午前二時三〇分頃仙台北警察署通町警部補派出所で見張勤務中の警察官高橋軍平に本件犯行を現認され、即時検挙されたのであるが、高橋は、被告人から、翌日より東京方面へ働きに行く予定である旨の申し出を受け、近いうちにまた住民地に戻つてくるような意向でもあつたので、もし東京方面で落着くようならその住所を、またもしすぐに仙台に戻るようならその際に帰仙した旨を、仙台北警察署か通町交番まで連絡するよう被告人に指示し、なおその際、被告人に同道してその上宿先であるアパートへも赴き、住居の確認等をなしたうえ、いわゆる交通切符用紙に、違反内容等のほか、被告人の住所欄に右止宿先アパートの所在地である仙台市荒巻鷺ケ森一の四四と、またその保護者の住所、氏名、職業および続柄欄に、順次、被告人の申立にかかる、宮城県桃生郡矢本町北裏三九番地、油井辰雄(六三歳)、洋服業、父と各記入した。そして高橋は、翌一二日、被告人の身許を確認するため、矢本町役場に電話照会をして、父辰雄の住所、氏名等を確認したほか、被告人の住民登録が父の許になされていることもその際判明したので、同日付で、被告人の住所を父と同一の住所にあたる桃生郡矢本町矢本字北浦三九の四六とし、参考事項欄に「現在居住地仙台市荒巻鷺ケ森一の四四、住民登録は矢本町になつている」旨注意書きした被告人に関する身許確認書を作成し、これを前記交通切符とともに仙台北警察署に申達した。そして、右一件書類の引継ぎを受け爾後本件の処理を担当することとなつた同署交通課法令係警察官庄司喜昭は、交通切符上に翌日から東京方面へ出稼ぎに行く旨本件引継ぎの事由が記載されていたし、なおその際高橋からも、被告人を検挙した折の前記いきさつを直接聞知したので、本件を所在不明の事案として取扱うこととした。ところで、被告人からはその後何らの連絡がなかつたので、庄司は、昭和四〇年八月頃に至り、交通切符上の住所である仙台市荒巻鷺ケ森一の四四に宛てて呼出のはがきを発送したところ、右はがきは返戻されなかつたので、配達されたものと思われたが、被告人は出頭しなかつた。ついで、庄司は、同年一二月初め頃、再度はがきで右同所宛に、同月二四日に仙台簡易裁判所交通部常駐警察官室へ出頭すべき旨の呼出通知を発し、一件記録を常駐警察官室に引継いだのであるが、今回も呼出はがきは格別返戻されなかつたのに、昭和四一年一月二四日、不出頭のため処理困難との理由で常駐警察官室より一件記録が返戻された。そこで庄司は、ようやく、今度は前記住所地を管轄する荒巻巡査駐在所を通じて呼出状送達の方法による所在調査を試みたところ、右駐在所巡査から、該当者を発見することができなかつた旨の復命が同月三一日なされたため、同年二月末頃に至り、庄司自ら前記住所地に赴いたが、被告人がかつて居住していたと思われるアバートを捜し当てることができただけで、管理人の代が変つていたりしたため被告人の動静を確かめることはできなかつた。そこで、被告人がすでに成年に達した後の同年四月初旬に至り、交通切符上に当初から明らかな桃生郡矢本町矢本字北裏三九番地の父辰雄につき、石巻警察署に嘱託して被告人の所在を調査したところ、被告人は、当時右同所から同町矢本字栄町二一番地に最近転居していた父と同居中であることが判明したので、同年六月二二日に至り本件が司法警察員から仙台区検察庁に送致され、ついで石巻区検察庁に移送されたうえ、同年七月一八日本件公訴が提起されたのである。他方、本件犯行後における被告人の動静を見るに、被告人は、検挙当時は前記仙台市荒巻鷺ケ森のアポートに居住し、キャバレー「蘇州」のバーテンをしていたが、まもなく上京し、数日滞在して帰仙し、約二ケ月後にキャバレー「ゴールデンクラブ」に勤めを変え、昭和四〇年二月頃には、止宿先も同市内通町の建設会社の寮のようなところへ転じたけれども、警察に対しては何ら連絡をせず、また、右転居に際しアパートの管理者に移転先を告げることもしなかつた。しかし、被告人は、同年九月か一〇月頃までの数ケ月間は、父と離別し同じ町内でバーを経営している母の許へ月に一、二回程度帰つていたほか、キャバレー「ゴールデンクラブ」を同じ職場としていた姉協子とは常に互いの止宿先を住き来していたもので、右九月か一〇月頃、右キャバレーを止めて前記矢本町矢本字北裏三九番地の父の許に帰住し、その後昭和四一年二月頃、父の転居にともない同町内の肩書現住居に移転し、母の店の手伝をして今日に及んでいる。

以上の事実関係によつてみれば、本件は単純な無免許運転の事案であつて、その処理に日時を費したのは警察に被告人の所在が判明しなかつたためであり、そのことについては、所論も指摘するとおり、被告人が警察官の指示を履行せず所在を警察に連絡しなかつたこと、移転先をアパート管理者に告げないで転居したことなどの点において、被告人にも責任がないとはいえないけれども、それらの点を考慮しても、警察において本件の処理に約一年八ケ月という年月を費したのが本件捜査に必要やむを得ない限度内のものであつたとはとうてい認めることができない。けだし、本件の場合、担当警察官としては、被告人から所在の連絡がなされるのを待つことも暫らくの期間は試みて然るべきことであろうが、しかし、取締警察官から引継ぎを受けた検挙当時の状況に徴しても被告人が交通切符上の住所に引続き居住していることの期待は必ずしも多く持てなかつたわけであるし、交通切符を作成した警察官と同一の警察官の作成にかかる被告人の身許確認書には、前記のように、交通切符上の住所がいわば居所にすぎず、真の住所は父辰雄の住所と同一であるとの趣旨に帰着する記載がなされているほどなのであるから、ただ漫然と被告人からの連絡を待つことなく、検挙後せいぜい数ケ月以内には被告人の所在捜査に乗り出し、交通切符上の住所はもとより、身許確認書上の被告人の住所ともされている交通切符上の保護者父辰雄方についても併せて調査すべきことが、少年事件の捜査として当然要求されるものというべきであり、このことは、当審における事実取調の結果により認められる。当時担当警察官が一人で約七〇件にのぼる所在不明の交通事犯を取扱つていたとの事情を斟酌しても、必ずしも難きを強いるものとは考えられないのであつて、もしも、時機を失することなく右の措置をとつてさえいたならば、被告人が父の許に帰住するに至つた昭和四〇年九月か一〇月頃にはもちろんのこと、それ以前においても父を通じて姉協子を調査することにより、被告人の所在を確認することは可能かつ容易であつたわけであり、そうすれば、本件を検察官に送致することも、右に引続く時点において可能であつたと考えられるからである。

そして、本件の事実関係に徴すれば、司法警察員の検察官に対する事件送致が、もしも右の時点において遅滞なく行なわれていたならば、本件は、当然に、少年事件として家庭裁判所に送致され得たものであると認めることができる。

そうだとすれば、本件は、警察が、その捜査に必要やむを得ない限度を超えていたずらに日時を費し、これがため、家庭裁判所における審判の機会を失わせるに至らせたものにほかならないから、警察の右事件送致に至る捜査手続はまさに違法なものであるといわなければならない。

ところで、捜査段階における違法がその後の公訴提起の手続を当然に無効ならしめるものか否かは、一般的にはこれを消極的に解すべきものであろうが、しかし、当該捜査手続の違法が重大なものであり、かつ、その違法な手続を前提としなければ公訴提起が不可能ないし著しく困難であつたという意味で両者が密接不可分な関係を有するような場合においては、公訴提起自体がいかに法定の手続を践んでなされていても、なおこれを違法しなければならない実質上の理由が存するものとして、捜査手続の右違法は公訴提起の効力に影響を及ぼしこれを無効ならしめるものと解するのが相当である。

本件において、公訴提起の手続が、それ自体としては格別違法な点の存しないことは所論のとおりであるけれども、警察における捜査手続の違法は、前記のとおり、少年の被疑事件につき家庭裁判所における審判の機会を失わせたという少年法上のいわば最も重要な事柄に関するものであり、かつ、右違法の存したことがまさに本件公訴の提起をもたらしたわけのものであるから、前述したところにより、捜査手続の違法が公訴提起の手続を無効ならしめるものとして、本件公訴の提起は、結局、刑事訴訟法第三三八条第四号掲記の場合にあたるものであるといわなければならない。

論旨は、司法警察員の送致手続の遅延の故に公訴提起の手続を無効ならしめる場合があるとしても、それは司法警察員が少年事件の処理にあたつて、家庭裁判所の審判手続を回避する目的でその成年に達するまで事件送致を故意に遅延させるがごとき極端な場合に限られる旨主張するが、本件の場合に公訴提起の手続を無効ならしめる場合をそのように制限的に解しなければならない合理的な根拠はこれを見出しがたいので、直ちに首肯しえないし、また本件犯行がもともと刑事処分相当の事案であるとも主張するけれども、検察官の立場において仮りにそのような判断が可能であるにしても、そのことが、家庭裁判所における審判の機会を失わせた本件捜査手続の違法を左右するに足るものでないことはもちろんである。

してみると、原判決が、以上と同趣旨のもとに本件公訴提起の手続が無効であるとしてこれを棄却したのは正当であつて、原判決には、所論のような不法に公訴を棄却した違法は何ら存しない。論旨は理由がない。

そこで、本件控訴は理由がないので、刑事法訴訟第三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。(有路不二男 西村法 桜井敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例